2017年07月/ 06月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫08月

 ●YouTube     ●Facebook     ●Twitter

   

2017.04.19 (Wed)

初夏のような感じで

◆pm22:43
 毎夕欠かさず行っているウォーキングであるが、今日は少し歩き足りなかったので歩きがてら阪神尼崎スナック街へ…。
 コノ時間は駅の改札口付近は黙々と歩くサラリーマン、残業帰りなのか?飲み帰りなのか?は分からないが家路へと向われている。

 何処へ行こうかぁ?当ては無いがぁブラブラとハッピープラザ尼崎ビル前を通る、ココの一階は御存知“Spica(スピカ)”であるが17日・18日と連休で休んでいる、ボロ儲けしているので、どこぞへバカンスにでも行っているのであろう…。V1レジャービル前で“calla”の聖子ママに座れるか電話したが応答が無い…忙しいのかなぁ??。仕方なく尼崎戎神社前にある“寺小舎”に…入り口に貼紙がしており『本日貸切…』っと書いてある。

 ふっと、久しぶりに島田一の介師匠の店“Bell(ベル)”に行うと思い立ち向った。年季の入った扉を開け中を覗くとカウンターに座るママと、中に三象踊り宗家で有らせられるアルバイトの桂三象師匠、二人で暇そうに会話をしている。マスターこと一の介師匠はと言うと、骨折で現在舞台も休んでおり、二軒の病院掛け持ちで目下リハビリ中らしい五月中頃から舞台復帰されるらしいのでファンの方は暫しお待ち下さい。
 まぁ世間話を交えながら竜爺以後、島木ジョージ、中山美保っと、小生が子供時代からの新喜劇スターが亡くなられ寂しいですね…っという話まで少し話をした。

◆pm23:30
 常連さんが扉を開け、申し訳無さそうに入ってきた。
 常連さんは出張が多いらしく此方に来られるのは久しいらしが、ママとは古くからの知り合いらしく出張先の郷土料理話やグルメ話に花を咲かせておりました。

◆am0:12
 ソロソロ小生は御邪魔します。
 其の前に我らが三象師匠の写真を一枚頂き会計を済まし店を後にしました・・・二軒目に続く。
スポンサーサイト
15:10  |  Bell  |  EDIT  |  Top↑

2016.12.06 (Tue)

四海兄弟

◆pm11:00
 先週行った“井上竜夫お別れ会”で使わせて頂いた大事な協賛金・寄付金から捻出した経費の内訳と来場出来なかった協賛者の方々へ会場の写真を作成し今夜配る。
 全部で18部になり一番に島田一の介師匠の“Bell”に御礼を兼ねて出向く。

 カウンターに数人お客さんが居られたが、帰られるところであった。ママは不在で桂三像師匠とアルバイトの男の子で店を営業していた。
 ママは来ますかぁ?の小生の問いに閉店までには必ず来るとの事で飲んで待つ事にした。ココの一品は定番の漬物で、少しワサビの利いており酒も進み常連客からも評判の一品である。
 何故か落ち着きの無い三像師匠…聞くと店の備品を過失にも割ってしまった様で頭を抱えるように凹んでいました。三像さん竜じぃ同様の肺の病気で週に一度通院している、症状はまだ軽度の様であるが完治することはなく進行を止める薬を飲む毎日であるらしい。
 還暦と共に落語家生活30周年も向かえ盛大に周りの方々にホールを借りて開催して貰ったらしいが、体の不調もあり落語は一席しか出来なかったことが残念であったらしいがぁ持ち芸のテッパンネタの“三像踊り”は舞ったらしく、さぞ爆笑だった事に違いない。
◆am0:50
 ボーっとしながらママを待っている、一応三像さんがママに電話してくれ用件を伝えてくれたが現れる気配もなく閉店時間なのでコレ以上三像さんに迷惑掛けることも出来ないので後日改めて来ますっと言い店を後にした。

 周る店もコノ時間帯では閉店している処もあったが“スピカ”“キャラ”“旬”“N-26”“二刀流”にだけは何とか説明し礼をして帰れた。そしてハローズへ向う・・・続く。
23:20  |  Bell  |  EDIT  |  Top↑

2015.05.07 (Thu)

なにわのピカソ

◆pm11:20
 第一ビルを後に“かんだしんみち”を横切りOS通りに入る。道は年末に何故かコノ通りのイメージとはミスマッチな白い塗料を塗られ奇妙な感じであったが其の白塗料も剥がれだしていてコノ通りを愛する者としては残念である。
 ウロウロと探訪しようかと思ったがBellの前で扉に聞き耳を立てると意外に静かなので久々にヨシモト新喜劇の重鎮、島田一の介師匠の店に入ることにした。
 お店は静かでカウンターの中央にママが座っていたので其の横に腰掛けた。火曜日のレギュラーは桂三象さんであるが本業の落語で繁盛亭に出ておられるらしくピンチヒッターでたいぞう画伯がアルバイトしていた。

 ここには親戚の家にでも遊びに来た様なノリでママが接してくれ、迎えの道路の件の経緯も甥っ子に話すように愚痴を交えて話してくれた。小生が思うにコノ通りは石畳にし法善寺横町みたいな門を作りアチラは藤山寛美先生の直筆で看板を書いてあるがココは一の介師匠に有楽横町とでも書いて頂き入り口にはお地蔵さんでもこしらえて観光名所にして欲しいものである。見積もり算出してミライメイカーズで寄付して貰うかぁみんなの意見の聞きたいものである。
◆pm11:53
 一番大きいカラオケモニターがテレビに切り替わっており皆で毎日放送の“ごぶごぶ”を鑑賞する。プロと観るようなもので放送作成の裏側や芸人同士の関係やを解説付きで観られ何とも贅沢である。
 話は少し逸れるが新日本プロレスのリングアナのケロさんが前日に来ていたらしく店に居た新喜劇の今別府氏が偉く感動していたらしい、其れを聞かされていた、たいぞう画伯もテンション上がってプロレス音痴の小生にケロさんとわぁ如何なる人か説明してくれた。
◆am1:00
 ごぶごぶの放送の終了し閉店時間を迎えた。帰りにママから御菓子持って帰りと丹波黒豆いりおかきを頂き正に親戚の家を後にするような気持ちで帰りましたとさぁ・・・おしまい。
00:05  |  Bell  |  EDIT  |  Top↑
 | HOME |  NEXT